2016年7月30日
青春18きっぷを使いたい
もう18歳など昔の話だが、しかし、人生で1度は青春18きっぷを使いたかった。
思い立ったが吉日。最寄りのJR駅まで走り、青春18きっぷを買う。行き先は決めていなかったが、大阪から出発することを考えると、倉敷あたりが限界だろうと思った。途中、姫路城に寄ることも忘れずに。
7月30日、大阪駅の改札で駅員に話しかけると、慣れた手つきで判子を押してもらえた。青春18きっぷの旅と聞くと、ついロングシートの鈍行列車に乗りまくる苦行を想像してしまうが、快速までは乗車可能なのだ。クロスシートは快適で、始発に乗ったわけではなかったが、早朝だったのでうつらうつらとした。
白亜の城
姫路駅の改札では、青春18きっぷを握りしめた鉄ちゃんの行列ができていた。かなりの熟練者のようだ。
姫路の街自体は「小奇麗な地方都市」という評価がせいぜいで、金沢駅の周辺に似ている。もっとも、地方都市はどこも似たような作りになるのだろうが。
しかし、姫路城を目の当たりにして、そのような感想は吹っ飛んだ。白鷺城の異名は伊達ではなく、まるでヨーロッパの城のように、すさまじい存在感を放っているのだ。訪れる前は入場料1000円に不満たらたらだったが、実に浅はかだった。この景観を維持するのに、どれほどの労力がかかっているのか、察するに余りある。
暑くてそれどころじゃない
まず大天守を見学した。その日は本当に暑かった。城内は当然ながらクーラーなど効いていないので、汗だくになって階段を登る。外国人観光客の姿が目についたが、皆一様に汗をかく姿を見て、「日本人じゃなくても暑いんだな」とよくわからない感想が浮かんだ。
そんな状況だったから、あまりじっくりと観察できなかった。しかし、「武具掛け」や「武者隠し」の存在は、姫路城が積極的な戦闘を想定していたことを物語っている。瀟洒な容姿に惑わされがちだが、ただの権力の象徴ではなかったということだ。特に面白かったのが城壁で、これは近隣の古墳群を軒並みぶっ壊して石材を賄ったのだそうだ。優美どころか、相当に切羽詰っているではないか。
山陽本線の洗礼
西の丸、お菊井戸を堪能したあと、倉敷へと向かう。その途中、姫路城の城門で「ピカチュウが出た!」という声が聞こえた。振り返ると結構な人数が『ポケモンGO』を起動しており、僕もよっぽどモンスターボールを投げようかと思ったが、スマホの電池が減るのでやめた。そして、この選択は正解だった。
後になって知ったことだが、姫路駅 – 岡山駅間は青春18きっぷにおける典型的な難所とされている。乗車時間にすると大したことはないのだが、めんどくさい接続待ちと、代わり映えしない景色が続くからだ。相生駅での散策も、退屈してさっさと切り上げてしまった。明石などは実に風情があったのに、どうしてこうなった。結局、暇を持て余し、携帯電話をいじって時間を潰していた。
小京都をそぞろ歩く
想像よりごみごみしていた倉敷駅を出て、ようやくお目当ての倉敷美観地区に到着。小京都の名を冠する地は全国津々浦々にあるが、その中でもここはかなり完成されている。
白塗りの壁をぼんやりと眺めたあと、備前焼や倉敷ガラスの店を冷やかす。軒先では大量の陶器が投げ売りされており、旅のテンションで衝動買いするところだった。僕に焼き物の良し悪しなどわかるはずがなく、どれも美しく見えたのだ。
また、「倉敷の犬猫屋敷」が印象に残っている。これはその名のとおり、犬と猫のグッズで埋め尽くされた店で、僕が訪れたときには、愛想の悪い店員がレジに立っていた。「猫のような女性」と言うと聞こえはいいが、あまり長居したい雰囲気ではなかった。
善悪美醜
倉敷に来て大原美術館を素通りすることはできない。
以前、サマセット・モームの『月と六ペンス』を読んでから、なんとなくポール・ゴーギャンが気になっていて、そういう折に『かぐわしき大地』を見ることができたのは幸運だった。また、レオン・フレデリックの『万有は死に帰す、されど神の愛は万有をして蘇らしめん』は、荘厳というか、過剰というか、眺めていると目が痛くなってしまった。
ところで、館内を徘徊していると、中国人が堂々とカメラを構える瞬間に遭遇した。職員に注意され、その場では申し訳なさそうにするものの、人目がなくなるとすぐさま撮影を再開するその姿には、もはやある種の感動を覚えた。中国人特有の、ルールを逸脱しても我欲を優先する独善的な精神は、どんな名画よりも鮮烈だった。皮肉ではなく、あのくらいの図太さが欲しいものだ。
Comments by kenta